ここから本文です

アナウンサールーム > 宮本啓丞 > 日記

宮本啓丞|見積無料!宮本建設(株)

31

2002/04/19
うむ。
とうとうアイスクリームと
同じ数になってしまったか。

「そんな年にもなって フラフラして!
 そろそろシッカリせいよ!」

などといわれる回数も何となく減ってきて、
呆れ顔で見守ってくれるようになった周囲に
ホッとしている昨今なのだ。

類は友を呼ぶというのか
僕の極近いところにいる連中は
似たようなヤツらばかりなので
何の疑問ももたず
しばらくは恐らくこのままフラフラ。
・・・しているのだろうなぁ。

さすがにこの齢ともなると
イクバクかの余所行きの社交性は
身に付けているつもりなのだが、
ひとたびプライベートな環境に身を置くと
一気に他との距離を広げてしまう。
性分なんだナァ。

要は 自分の時間を邪魔する存在を
一切排除するという
実に身勝手で 実にコドモな僕が
ひょっこり顔を出すワケ。

それだけに「間合い」というものが
気になるし 気を使うようにしている。
基本スタンスは『相互不可侵』。
ひどくドライな考え方かもしれないが
僕のようなワガママ人間にとっては
これが他人を傷つけないベターな策と
30年かけて経験的に悟った距離感。

普段は努めて こんな性分に
覆いをかけているけれど、
ふと 一歩引いたところから自分を眺めて
「コドモなんだから まったくもう」と
ため息なんぞをついてしまう
31の春の日。



球場遺構?

2002/04/09
昨日書いた不自然な道路で思い出した。

福岡市の近郊 春日市の住宅地に
ぐるりと弧を描く道が忽然と姿を現す。

春日原北町は、並行する西鉄天神大牟田線と
JR鹿児島線に挟まれた形の街で、
周辺の道路も 線路に平行および垂直方向に
ほぼ条理をなして敷かれている。

そんな中にあって 突如現れる弧を描く道。
河川などの自然的条件は見つからない。
何だか怪しい香りがするではないか。

この謎は 偶然乗ったタクシーの
乗務員氏の証言によって 解決する。
「ここは球場の跡ですよ。」

ポンと膝を打った。

春日原球場の話は 僕も聞いたことがある。
戦中に発足し 1年で解散した「西鉄軍」や
戦後生まれた「西鉄クリッパーズ」は、
「西日本パイレーツ」と合併し
「西鉄ライオンズ」となって
平和台を本拠とするまで
現在の西鉄春日原駅近くにあった
春日原球場を使っていたという。

なるほど当時球場を囲んでいた道は
球場がなくなった後も 道として残ったのだ。

職業野球黎明期。
福岡の空に初めてこだました球音が
聴こえてくるようだ。

廃線跡?

2002/04/08
最近 退社後 徒歩で帰宅するようにしている。
住み慣れた街も 歩いてみると
知らないことは多いもので
毎日歩くたびに 何かしらの発見があって
飽きることがない。

街中を縫うように 細長く続く
遊歩道に出会うことがある。
大抵の場合 過去 鉄道が通っていた跡である。

福岡市近郊なら
旧国鉄筑肥線跡や勝田線跡が それにあたる。
実際 博多区の美野島や糟屋郡内に
このような遊歩道を見つけることができる。

先日 博多区の駅前6丁目付近を歩いていて
くねくねと続く遊歩道に出会った。
雰囲気としては明らかに鉄道の跡なのだが
竹下方面から板付方面へ
東西に横切る路線があったとは
聞いたことがない。

ハテ?と疑問に思いながら家路を急ぎ
関係書籍を紐解いてみると
それらしき記述を発見。
曰く、福岡市上臼井の日本陸軍席田飛行場を
米軍が接収し、航空燃料供給のため
昭和21年に竹下−飛行場間の専用線を敷設。
昭和46年使用停止、48年線路撤去とのこと。

ビンゴ!
恐らくは この専用線の跡に違いない。
地図で確認すると
なるほど 山王から東那珂、空港へと
細い道が続いている。

街の歴史の勉強にもなる徒歩退社。
健康増進にも一役買って 一石二鳥。
しばらく続けてみようと思う。
All Rights Reserved. Copyright © KBC Co.,Ltd. 1998 -  許可なく転載を禁じます