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奥田智子|奥田智子のボタニカルライフ

勘三郎さん

2012/12/05
しばし、朝テレビの前で動けなくなりました。

なんで? 

神様、なんで?



私の芝居通いは、
半分は中村勘三郎さんの芝居を見るためのものでした。

渋谷の街が江戸になったコクーン歌舞伎。
「夏祭浪花鑑」では
ラストシーンで突然舞台奥が開き、
本物のパトカーが飛び出しました。

大阪城内の平成中村座では、
舞台奥から勘三郎さんと橋之助さんが飛び出し、
冬空の大阪城公園を200m疾走しました。

歌舞伎座の「乳房の榎木」では、
大水が滝になる中、
早代わりあり、大立ち回りあり・・・。
お客さんは大興奮!

「ぼくはねぇ、こういうのがね、やりたかったんだよ。」

息を弾ませて言ってくれました。


野田秀樹さんを歌舞伎に引き込んだのも勘三郎さんでした。

「野田版 研辰の討たれ」では
あの野田さんのまくし立てるセリフを
歌舞伎役者が、
歌舞伎座のひのき舞台の上で、
ミュージカル仕立てで演じました。

歌舞伎界への挑戦に完全に勝利した瞬間でした。


ラストシーンで勘三郎さん演じる研辰が
死に際に、息絶え絶え言うのです。


「おら、もっと、生きたかった〜〜!」


そう、もっと生きたかったに違いないのです。

生きて、生き抜いて、
もっと面白い芝居を、
もっとお客さんに喜んでもらえる芝居を、
作りたかったに違いないのです。


森光子さんとの共演「寝坊な豆腐屋」、

野田秀樹さんとの共演「表に出ろぃ!」、

坂東玉三郎さんとの共演「籠釣瓶花街酔醒」、

手持ちの獅子頭が生きたように見えた「鏡獅子」・・・。


勘三郎さんの玉手箱から繰り出された
きらめく作品の数々が、
記憶の中で輝き続けます。


よっ!待ってました!中村屋!

あなたのおかげで、泣きました!笑いました!
同じ世代に生きてよかったと思えました!

万感の思いを込め、

『ありがとうございました。』





奥田智子
Satoko Okuda

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