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中野ユキヒロの九州の食と文化応援隊

【2016年09月26日】

長崎県長崎市の『古田勝吉商店』の“手引きラムネ”

今日は、長崎県長崎市の『古田勝吉商店』の“手引きラムネ”を紹介します! 



玲子「“手引き”って何ですか?」
中野「ラベルを見て頂ければ…握手した絵なのです!」
玲子「あっ、ホントだ!!」

【『(有)古田勝吉商店』とは?】

『?古田勝吉商店』は、長崎県長崎市古川町にあり、飲料の卸業をされています。大正8年に、現在の古川町に移転し、会社組織になり、二代目の勝吉さんのお名前がそのまま屋号になりました。
現在は、三代目・古田滋吉さんが代表です。お話は息子さんの雅義さんに伺いました。雅義さんは自動販売機オペレーターとして、長崎市内に約500台の自動販売機を設置されていますが、先代から引き継がれた“ラムネ”の販売も続けられています。

【“手引きラムネ”とは?】

『?古田勝吉商店』の初代・古田勝次さんは、明治10年(1877年)〜明治13年(1880年)の3年間、長崎メディカル・ホール経営のジャーラン医師の元で、清涼飲料水製造の修行をされたそうです。当時、清涼飲料水の製造を始めたのは、日本全国でわずか2名だったそうで、その後、ラムネ・シャンペンサイダーの製造元として長崎県庁前の通り大村町(現在の万才町あたり)に開業されたそうです。



中野「もう一人の方は横浜の方だったそうで、長崎では、初代・古田勝次さんが教わったラムネが今も続いているのです。歴史あるものなんです!」
玲子「握手されているのは誰と誰ですか?」
中野「実はこの当時、争い事が世界中で起こっていて、『みんなで仲良く手をつないで、みんなで仲良くラムネを飲んでください、笑顔になってください』という初代の思いが込められた“握手(手引き)”なんです!」
玲子「平和を象徴する絵なんですね。今の時代も、まだ必要なんて悲しいけど…」
田上「そうですね」
玲子「字が右から綴られてる…市崎長って??」
田上「そうそう!長崎市ってことですね!“ネムラ”は“ラムネ”ですね」

現在の“ラムネ瓶”の形は明治時代からあったものだそうですが、創業当時は“ラムネ瓶”自体も手作りであった為、一本ずつが形の違う歪な形をしていたそうです。雅義さんは先代から続く思いを伝える為、“ラムネ”の販売を続けられています。



中野「実は、本数は少ないんです。本業は、自動販売機を設置ですから。でも雅義さんは伝統を守りたいという事で、年間何万本か作られています」
玲子「味は、その当時からの??」
中野「いえ、普通のラムネです。でも初代が元祖で作った事や“手引き”の思いをずっと伝えたいと作られているんです」 
田上「でもラムネは昔から変わらないですよね。この瓶の形といい…開けますよ!押しますよ!」
〜ガシャ!〜



玲子「開きました!」
中野「ビー玉を押して、ブシュッ!と言ってバシャッ!と出るのが醍醐味ですよね」
田上「ビー玉が落ちてきました!」
中野「飲む方向がありますから、気を付けてください」
田上「あ゛〜〜〜いい!!」
玲子「おいしか〜〜甘すぎず、爽やかですね」
中野「今は、ラムネのビー玉を凸凹に引っ掛けて飲むって事、知らない子も多くなっているんですよね〜」
玲子「つまる!つまる!って言う子、いますね〜」
中野「ある意味、ラムネって日本ならではの食文化ですよね」
玲子「飲んだら瓶を返さないといけないんですよね〜」

昔は、ラムネの瓶を返していましたが、今は海外から瓶が来ているので使い捨てが多いそうです。雅義さんは、もっと多くの皆さんに“手引きラムネ”を飲んでもらいたいと、現在は長崎特産の果物果汁などを加えた新製品の開発にも挑戦されています。

玲子「二足のわらじで頑張っていらっしゃいます。応援したいですね!」



【連絡先】   
古田勝吉商店   長崎県長崎古川町5番19号
TEL 095-822-0665
         
玲子「さて、来週は?」
中野「福岡県宮若市の米粉パン屋“豆米”を紹介したいと思います」
玲子「来週も、よろしくお願いします!」