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九州スピリット

毎週土曜 よる10:59~11:05放送 歴史、文化、祭りの宝庫、九州。それぞれの風土のもとに育まれた過去は実に多彩です。郷土の過去とそこに秘められた九州人のスピリットを知って、ふるさとへの愛を感じてください。

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2017年10月28日(土)青木繁と坂本繁二郎(4)二人の巨人が遺したもの

2017年09月16日

厳しい弾圧を受けた禁教の始まり潜伏キリシタン


来年の世界遺産登録を目指し動き始めた「潜伏キリシタン関連遺産」。それは250年にわたりキリスト教が禁じられたなかで、密かに信仰を続けてきた長崎、熊本の信者たちの歴史遺産です。今週は厳しい弾圧の始まりとなったキリスト教禁止の要因に迫ります。


16世紀にスペインの宣教師フランシスコ・ザビエルによって長崎県平戸から始まった日本のキリスト教布教の流れは、現在の長崎港を開港した日本初のキリシタン大名・大村純忠たちの尽力によって、長崎を中心にキリスト教文化を花開かせました。ところが繁栄の歴史は40年足らずで潰えてしまいます。

平戸でザビエルが布教を始めてから37年後、天下統一を果たした豊臣秀吉が、「バテレン追放令」を発し宣教師たちの追放を命じたのです。秀吉の意図の一つは、ポルトガルやオランダなど西洋の国々がキリスト教を広めていきながら日本を支配するのではないか?もう一つは平等を解くキリストの教えが、信者を団結させ自分を脅かそうとしているのではないか?というものでした。絶対的な権力者となった秀吉は、キリスト教が天下統一を妨げる恐れを感じ追放を命じたのです。

追放令から10年後の1597年には、長崎の宣教師と信者26人が処刑されました。さらに、徳川幕府の時代になると禁教令が全国に配布され、キリスト教への禁教政策は一層厳しくなっていきました。

1637年には、熊本天草で幕府の圧政に苦しんでいた信徒たちが一揆を起こし原城に立て籠りますが、幕府によって鎮圧。実に3万7千人の信徒たちが命を落としたとされています。それでも、決して信仰を捨てなかった人々は、独自の方法で信仰を守り続けたのです。

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