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九州スピリット

毎週土曜 よる10:59~11:05放送 歴史、文化、祭りの宝庫、九州。それぞれの風土のもとに育まれた過去は実に多彩です。郷土の過去とそこに秘められた九州人のスピリットを知って、ふるさとへの愛を感じてください。

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2017年12月16日(土)流罪の果てに得た境地・野村望東尼

2017年09月23日

オラショの祈りに秘められた信仰心潜伏キリシタン



来年の世界遺産登録を目指し動き始めた「潜伏キリシタン関連遺産」。250年にわたりキリスト教が禁じられたなかで、密かに信仰を続けてきた信者たちの歴史遺産とはどのようなものなのでしょうか。今週は、その実像に迫ります。


16世紀に日本へ伝来されてから、わずか40年足らずで時の権力者によって禁じられてしまったキリスト教。豊臣から徳川へと時代が移り変わる中で、信者に対する弾圧は一層厳しさを増していきました。キリスト教に深く関係していたポルトガル人の入国を禁止するとともに、オランダと中国が出入りする場所も、長崎の出島に限定。さらに一度外国へ渡った日本人の入国も禁じました。

さらにキリスト教信者と疑わしき人間には、キリストの絵が描かれた絵や彫刻物を幕府の役人の前で踏ませる「絵踏み」といわれる政策を取り、踏めなかった者には改宗を迫ったり処刑することもありました。こうした弾圧の中で、信者たちは表向き仏教徒としての生活をしながら密かに信仰を続けました。

天照大神や観音像をマリア像に見立てたり、ポルトガル語で「祈り」を意味する「オラショ」の言葉を唱えながら祈りを捧げたとされています。さらに天草では、神社に参拝した際、「アーメン・デウス」と祈るつもりで「あんめんりうす」と唱えたという記録も残されているそうです。

こうした信仰を代々守り続けてきたキリスト教信者のことを「潜伏キリシタン」と呼んでいるのです。彼らの多くが長崎や熊本天草で信仰を続けて来ました。ようやく厳しい弾圧から解放されたのは、約250年後のこと。日本が明治という時代を迎えようとした時でした。

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